チーズには旬がある
酪農国のヨーロッパでは、春から夏へ向かう野花が咲き始める頃、放牧地の栄養価の一番高い牧草をたっぷり食んだ草食動物のミルクからチーズづくりが始まる。
それぞれのテロワールで生息する独特の酵母やカビ、細菌の助けを借りながら、丹精こめて育て上げた軟質チーズの食べ頃は秋になり、また秋に仕込んだものは春になることから、10月から翌5月頃がチーズの季節となる。
熟成期間の短い山羊のチーズは、夏と冬に食べ頃になる。
このように作られたチーズの初物は、ワインなどと共に毎年待ちこがれる季節の味わいとなり、レ・フロマージュ・ダルパージュ(Le Fromage d’Alpage/fr、牧草のチーズ)や、レ・フロマージュ・デテ(Le Fromage d’Été/fr、夏のチーズ)と定冠詞がつけられ得難いものとされる。
チーズはワインと同様に、神から与えられたテロワールを味わう。
チーズは人類の最も古い食物のひとつであると、ラルース・チーズ辞典の序文にロベール・J・クルティーヌは記している。
千年の歴史をもつシャン パーニュ地方のマロワール修道院(Abbaye de Maroilles/fr)で作られるチーズ、マロワール(Msroilles/fr)は、聖ジャン(Saint-Jean le Baptiste/fr、聖ヨハネ)の祭日(イヴ)にあたる6月24日に仕込み、聖レミ(Saint-Rémy(Rémi)/fr、496年のフランク王 クロヴィス1世のカトリック改宗に立ち会ったランス司教、フランスの守護聖人)にあたる10月1日に司祭に納める習わしがある。
そしてこの地方の 葡萄園では農夫にも振る舞われ、家庭ではタルト・オー・マロワール(Tarte au Maroilles/fr)を焼き豊穣を祝わう。
一方、近年ではチーズ生産も工業化されカマンベール(カマンベール・ド・ノルマンディーを意味する)や、ブリ(ブリ・ド・モーを意味する)などと名乗る通年商品(いずれも非AOC製品)が出回っている。
しかし昔ながらの酪農家づくりのものは一般市場で価値が高く、特にフランスではチーズとして扱われる大方が軟質チーズで300種以上ある。
優れたものはAOPか地方名(Pay○○○)で認定保護されている。
またAOPに認定されているグリュイエール(瑞)やコンテ(仏)、ゴーダ(蘭)、チェダー(英)などの熟成期間を要する硬質チーズ、さらにフェタ(希)、モッツァレッラ(伊)などの熟成を必要としないフレッシュ・チーズは旬がなく、通年料理に使われる事が多い。
乳というものが我々哺乳類にとって、その生涯の最初の時期においてどんなに必要であろうか。
チーズは人類の発育に必要な物をほぼ全て含んでいる完全に近い食品であることは周知であるが、様々に楽しむ季節を知ることも人生を豊かにするひとつではないだろうか。
- ここで記すチーズはナチュラル・チーズを指す。
- プロセス・チーズは、ナチュラル・チーズを原料とし乳化剤や凝固剤を添加し固めたもので、この製法が作られたことでアメリカン・チーズとも呼ぶ。またチーズを原料とし肉加工品や穀物、果肉を入れてプロセス・チーズのように固めたものはチーズ・フードと呼び、チーズあるいはフロマージュとは別のものを意味する。
- 参考文献:ラルース料理料理百科事典/ロベール・J・クルティーヌ編、ラルース・チーズ辞典/ロベール・J・クルティーヌ著、チーズの話/新沼杏二著